155回芥川賞を受賞された、あの『コンビニ人間』の感想です。
ネタバレ含みますので、ご注意ください。
読んでいただける方は続きからお願いします。
幼いころから人の感情が理解できず、自分の思うままに「この小鳥を食べよう」とか、同級生のケンカを殴って止めたりして、家族や、他の人とは違う自分を感じてきた古倉さんという女性が主人公。
この「小鳥を食べようとした」エピソードとか、「ケンカしている同級生を箒の柄で殴って止める」エピソードとか、すごくリアリティを感じました。
衝動性の傾向が強い子どものエピソードでありそうだなあ。
その後自分自身で社会との適応の仕方(自分から話さない)を体得しているので、社会性の障害とはいえないと思うけれども。
この場合は古倉さん自身は困っていないが、家族など周囲の人はとても彼女の人生を気にかけてきた(かけさせてきてしまった)ということが、物語上ではキーです。特に古倉さんの妹さんは、古倉さんを「普通」に見せるために、大学卒業後も18年間もコンビニでアルバイト生活を続ける古倉さんのために数々の設定を考えてくれるくらい、お姉さんを「普通」にすることを望んでいます。
さて、そんな古倉さんのコンビニに祈りをささげるアルバイト生活ですが、ある日、白羽さんという新人の男性が入ってきます。この彼が、とても、とてもダメ人間のように描かれます。バイト初日に「もう大体わかっちゃってるんで」という感じで通常業務の申し送りを拒否したり、「発注作業をやらせろ」と言ったり。うおお、どんだけ自己評価高いんだよもう!という感じ。
でも新人によくある!それがすごく伝わってくるだけに腹立たしさ倍増だ!
そして私もたぶん、先輩から見たらこういうところがあっただろう!と思うので、恥ずかしさも倍増だ!
コンビニの他のメンバーはかなりこの白羽さんの態度に怒りますが、古倉さんだけは怒りません。
みんなが怒っているのを見て、「こういうときは怒ってみせるのが正解」と考えて、怒った態度だけ外に見せます。
彼のダメ人間ぶりはそこだけではなく、婚活目的で就職したとか暴露し、お店のお客さんの個人情報を着服してストーキング行為まで行って、店をクビになります。というか、事実を把握した店長と面談をして辞めることになります。一方的にクビにしないあたり、いい店長だなあ。
そしていらない部品(白羽さん)を切り離したコンビニというからくりは、正常な作動を取り戻したように見えました。
しかし、古倉さんはある日、白羽さんともう一度出会い、ひょんなことから、彼を飼うことにしました。
32という年齢、安定していないように周囲から見えるコンビニの仕事、女性という自分の性。
周囲を納得させるには、「同年代の男性が家にいる」という状況が、「普通」だろう、と彼女の今までの人生が判断させたのでした。
家に男性を招く。それは、「普通」で考えれば「男女関係を持つ」ということなのでしょうが、古倉さんはその考えには全く至りません。ただ純粋に、家に男性がいれば、周囲を納得させやすくなる。とそれだけを思います。
これはある意味正しい。友人たちはみんな、一時、この奇妙な同棲を喜びます。女性としての幸せを掴もうとしている、やっとこっちに来た、と安心します。
でも家族は、一瞬は安心するものの、その白羽さんの扱い(エサやり、ユニットバスの巣)や今後の展望などを垣間見て、爆発します。「病院いこう、カウンセリング行こう」と。古倉さんに悪気はありません。「昔行っても、ダメだったじゃない」と答えます。
ここでは白羽さんが「いまちょっと古倉さんとケンカしていて…お見苦しいところをお見せしました」と言って、ちゃんと古倉さんとは男女関係であることをにおわせて、納得して帰らせます。
ずっと、「普通」であるための仮面づくりを協力してくれた妹まで、感情を乱してしまった現状に、古倉さんはちょっと思うところがあるようです。
そしてなにより、古倉さんにとっての誤算は、コンビニでした。古倉さんと白羽さんが同棲しているらしい、というのは、少ないコンビニ店員の中では格好の噂の的です。新商品よりも、キャンペーン中のから揚げよりも、みんな古倉さんからその話を聞きたいんです。
男女の惚れた腫れたは、江戸時代より昔から人間の娯楽です。停滞したコンビニ業務のさなか、古倉さんと白羽さんのそんなスキャンダラス、誰も見逃してくれるわけはないんだけれど、古倉さんにとっては、これは予想しない天変地異のように映ります。店が、からくりが、全然機能しなくなって、部品としてあった自分が、異物となってしまったような、疎外感、不安感。コンビニにいるから人間だったのに、コンビニが機能しなくなったら、人間じゃなくなってしまう。
人のうわさも75日。何も聞こえないふりをして過ごせば、また部品として機能する日が来ただろうとは思いますが、白羽さんが古倉さんを働かせて自分は紐になる将来設計を立てたこともあり、いよいよ古倉さんは、自分を生んでくれたコンビニのからくりを離れ、就職活動に専念することになります。もうコンビニに祈りをささげることもない。
でも、ダメでした。ふと入ったコンビニで、古倉さんはコンビニの声を聴きます。新商品の配置、清掃が必要な場所。マニュアルを読んで、その通りに行ってきた古倉さんの人生が、「こうあるべきだ」というコンビニの声をとらえます。そして、彼女はやはり自分はコンビニ人間であることを自覚し、押しとどめる白羽さんを凌駕し、新たな店を探しに出かけるのでした。
とても読みやすい読み口なので40分くらいで完読できます。伝わってきやすい明快な文章。人物描写も「あー、いるよな、こういうやつ」という感じで、作者の先生の周りの人間を観察した結果だったんだろうなーという印象を受けました。
作中の人物では、やはり古倉さんと白羽さんが印象的でしたね。
古倉さんは語り手なので、本を読めば彼女の人となりはなんとなーく推察することができます。
人と感情を共有することができなくはないけれど、共有に至るのにビニール一枚隔てなければならない。そのビニールに対し、ものすごく自覚的に用意しなければならない。
うーん、それぐらいの違和感で生活している人は割といると思うんだ。就活していたら、普通に内定がもらえそうだ。でもその社会性の使い方がはまる場所を、彼女はコンビニで見つけた。
白羽さんは、いろんなことを縄文時代に例える(別に好きではないらしい)
でも、言ってることは、ものにもよるがかなり共感できる…と思いました。うん、いや、ストーカーに発展したり行動はかなり怖いけれど。
言ってもしょうがないようなこと言って、別に返答を求めてない。
店長とか店員とか、観察するのは好きだけど、入り込んできてほしくない。傷つきたくないんじゃないかな。結果、「すべての社会から僕を隠して」になる。自己愛!パーソナリティー!とか叫びたくなっちゃう。彼の優先順位が、価値観が、社会とはかけ離れてしまったんだな、と
かけ離れてしまうことが、心を病むっていうことなんだな、と思います。彼はちょっと正直すぎるけれど嘘をつくことも上手なので、バランスとって生きていけるんじゃないかな、でも働くのはあきらめないでほしいかな!
そして、古倉さんの優先順位、価値観も、やっぱり社会からかけ離れてしまっている。
でも結局、かけ離れていない人間なんて少ないでしょう。
この本の宣伝コピーは「普通って、何ですか?」だったかとおもうんですが、
実際は、人に聞かなくていい。自分で決めていい。コンビニ人間なら、それでいい。
仕事ってやっぱり、人生を賭けることを求められるし、古倉さんにとってはそれはコンビニだったということなんだろう。
でも個人的には、古倉さんは、会社人になった方が社会貢献できるんじゃないかな?と思いました。コンビニも社員登用制度とかあれば、彼女を経営戦略に加えると、コンビニのことしか考えられない人だから、かなり生産的な企画と行動をしてもらえるんじゃないかな。うーんでもひょっとしたら、マニュアル通りに、店というからくりの部品として動くことを喜びとしているから、それは彼女にとっての幸せとは違う形なのかな。
考えさせられるいいお話でした。
0 件のコメント:
コメントを投稿