森見登美彦著『宵山万華鏡』感想です。
ネタバレを含みます。それでも読みたいという方は続きからどうぞ。
連作短編集。
あらすじ→宵山の夜を舞台に、あちらとこちらを行きつ戻りつする人々のお話。
『宵山姉妹』
洲崎バレエ教室に通う幼い姉妹が、その帰りに寄り道して宵山見物に向かうが、妹がはぐれてしまう。妹は赤い浴衣の少女に連れていかれ、戻れない宵山の深奥に囚われそうになるが、すんでのところで姉が妹の手をひっぱって抜け出し、二人で家路につく。
『宵山金魚』
藤田は高校生時代の友人乙川に毎年宵山見物をねだっていたが、いつものらりくらりと躱される。しかし今年は案内してくれるというので見物に向かうが、そこで幻想的な世界に囚われる。髭もじゃの大坊主や巨大な羽子板を持った舞妓、およそ現実と思えない世界で現れた親玉は、乙川が育てた超金魚の顔をしていた。全部は乙川のいたずらだったのだ。
『宵山劇場』
学園祭で『偏狂王』をゲリラ上演した演劇サークルに所属していた小長井は、その後燃え尽きて引退していた。無為な生活を送っていたが、丸尾という友人から「乙川が藤田を騙す手伝いをしてほしい」と頼まれて一肌脱ぐことを決める。しかしその企画には彼を引退に追い込んだ女性山田川も絡んでいた。二人はもめながら準備を進め、その過程で小長井は自分のエンジンは山田川がいなければ回らないことを悟るのだった。
『宵山回廊』
千鶴は幼いころ、宵山の祭りで従妹を失っている。その後叔父は随分気落ちしたがだいぶ持ち直したように見えた。しかし画廊に勤める知り合いの柳に言われて宵山の日に訪ねると急に老け込んだ様子で「ずっと宵山の一夜を繰り返している。自分は今日より向こうには行けない」などと言う。心配になった千鶴だが、始まった宵山の中で実際に叔父を見失ってしまう。その側には失った従妹がいるように見えて、千鶴は追いかけようとするが、柳に押しとどめられた。
『宵山迷宮』
柳は杵塚商会の乙川に父の遺品を探すように頼まれる。父は昨年の宵山の日に、急に鞍馬に行って事故死していた。その死に疑問がないわけではなくても日々の忙しさにかまけて深く考えてはいない柳だったが、宵山の夜に家に戻り、眠って起きてもまた宵山当日だった。自分は宵山に囚われている。それは父も同じだった。そしてその原因は、乙川が探せと言った遺品であることに気づき、柳は母を説得して遺品の水晶玉を乙川に返し、宵山の祭りで千鶴を引き留めることに成功する。
『宵山万華鏡』
『宵山』姉妹の姉のほうのお話。妹と一緒に宵山見物に言った彼女は、赤い浴衣の女の子たちを見て妹の手を離してしまう。妹は浴衣の女の子たちの方へ行ってしまい、本格的にその姿を見失った姉は髭もじゃの大坊主に金魚の入った風船をねだり、「もうない」と坊主が言うので連れだって宵山様のもとへ向かう。宵山様は水晶玉の入った特別な万華鏡で宵山を見物していて、赤い浴衣を着た女の子の姿をしていた。「みんなで一人、一人でみんな」という宵山様は姉に天狗水を飲ませようとするが姉は拒み、風船をもって妹のもとへ走る。妹は赤い浴衣の少女に連れていかれそうだったが、姉が必死に手をひっぱって抜け出した。
森見作品は幻想世界の中でも「はちゃめちゃ陽気な世界線」と「めちゃくちゃ陰気な世界線」と「現実世界」の三軸あって、例えば『夜は短し~』とか『四畳半~』とかは陽気世界線、『夜行』は陰気世界線。それに加えて現実に近いか離れているか、を現実世界線の尺度で測ると読み解きやすいと思っていて、それでいくと「金魚」「劇場」は陽気世界、「姉妹」「回廊」「迷宮」「万華鏡」は陰気世界の軸に近い。また、「金魚」は現実世界に近いけど「回廊」「迷宮」は遠くなる。要するに三つの世界観を持っていて、その三つを自在に行き来しながら物語が展開されるのが森見作品の魅力かなーと思います。
三つの世界線があるんだけど、その境界はあやふやで簡単に行き来できる。乙川さんは冗談で藤田くんを騙したのかもしれないし、宵山様の意向を汲んでお祭り騒ぎの陽気な世界線と幻想はびこる陰気な世界を繋げるために山田川さんのイマジネーションを利用したのかもしれない。
正解なんてどこにもない。読む人の想像力に委ねた行間の置き方がステキな一作でした。
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