伊藤計劃著『ハーモニー』感想です。
ネタバレあります。それでも読みたい!という方は続きからどうぞ。
あらすじ
〈大災禍〉と呼ばれる未曾有の混乱によって地球は放射能だらけの世界と化し、人類はWatchMeという一種のナノマシンを体内に取り込むことでネットワークを通じて恒常的に健康状態を監視し、自分の体調に合わせた薬、医療分子メディモルを摂取することで病気と怪我を駆逐した。〈大災禍〉によって一気に人口が減少したため社会の構成員は全員が自分の健康を守って社会的リソースを供出することが半ば義務付けられ、それは相互扶助の精神とともに普及していった。
しかしそんな押しつけがましい思いやりなんてまっぴらごめんだ、自分の体は自分だけのものだ、と主張する少女御冷ミァハは同級生の霧慧トァン、零下堂キアンとともにメディモルを利用した自殺を決行する。それはキアンの機転により失敗するが、ミァハだけは帰らぬ人となった。
トァンはその後大人になり、WHOの螺旋監査官として紛争地域に出向するようになった。ミァハの影響から逃れたくなくて、ミァハのドッペルゲンガーになったつもりでタバコやアルコール摂取などの自傷行為を繰り返すために、紛争地帯に行く必要があった。しかし規律違反が露見してトァンは日本に帰ることになる。思いやりと規律、それに疑問を持たぬ人々の世界に、トァンはうんざりする。
久しぶりにキアンと再会し、ランチを共にするが、その中で突然キアンは手に持っていたカトラリーを使って自殺してしまう。最後の言葉は「うん、ごめんね、ミァハ」だった。そして同時に、全世界で六千人もの人が自殺を試みたことをトァンは知る。この事件の影にミァハを感じる。そう考えたトァンは自分の権限を最大限利用して捜査を始めた。
WatchMeの開発者の一人はトァンの父親であった。トァンが自殺未遂を謀ってから疎遠になっていた父は、医療都市となったバグダッドで研究にまい進していた。事件の糸をたどるうちにバグダッドに来たトァンは13年ぶりに父と再会する。父は実はまだ生きていたミァハを引き取ってその絶望を意識に介入することで救おうとしたが、意思決定をすべて制御下に置こうとすると人間の意識が消失することに気づいた、という話をトァンにする。意識がなくても一つ一つの生存行動は自明として行われ、生きる上での不都合は外見上は存在しない。ミァハは意識なく生存する状態は恍惚だけがあったと言っていた、そして、そもそもミァハはチェチェンで意識を持たない民族として暮らしていた少女だったのだ、とも。WathMeを使えばすべての人間をその状態にすることができるが、その研究をしていたグループでも意見が二分した。片方は父を筆頭に「意志決定は人類に残されるべきだ」という考え。もう一つは「早急に意識のない世界を実現し、その調和の中で生きていくべき」という、ミァハを筆頭にした考え。しかし、そこをミァハのシンパに襲われ、父はトァンを庇って死んでしまう。
トァンはチェチェンに赴きミァハと再会する。ミァハはそもそも意識を持たない一族として生まれたが、戦争に巻き込まれた壮絶な体験によって後天的に意識を獲得した。意識があるから苦痛があり、自殺があるのだと主張する彼女に、彼女の言う調和のとれた世界は実現させるが、その世界をあなたにはあげないと言ってトァンはミァハに銃弾を二発撃ちこんだ。ミァハは死亡し、その報告を受けた世界はハーモニープログラムを選択。人類から意識という概念は消えた。
というお話。
意思決定における報酬系の重要性とか、体の生存に意識は不要とか、ふむふむたしかにある意味ではそうかも、おもしろいなーと思って読んではいたんですが、「わたしの体はわたし一人のもの」とミァハは主張していたはずなのに、なんで世界人類全員巻き込むんだよ…というところが突っかかってしょうがなかった。きみの体がきみのものであるのと同じに、他人の体も心もその人だけのものなんだよ!自分がそうしたいからって他人の自由を取り上げてはいけない…
あとはハーモニープログラムが実行されれば人はただ生存するために自明の行動をとり続ける、らしいですがそれってどういう状態なのかなあ。この本の最後の、リーディングされることを前提に編纂されている演出からみると文化的活動がないわけではなさそうだけど。リトルグリーンメンみたいに一と全が同じ概念として存在する感じなのか、クラゲみたいにひたすら生存だけを繰り返していくのか。「買い物や娯楽に意思決定が必要なくなる」というところを見る限りでは『アンドロメダ・ストーリーズ』のように機械に人類の活動がオートメーション化された感じに近いのかも。あるいは『蟲師』の露を吸う群の生き神さまか。
ハーモニーされたあとは、WatchMeオフラインの場所や、ゾーニングの外にいるそもそもWatchMeを入れてない人だけがその異様さに気づくのかな。「体が成長している間はWatchMeを入れない」ようなので、あるいはキノの旅の「大人の国」みたいになるのかもしれない。
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