米澤穂信さん著、『満願』感想です。
ネタバレ配慮していません。閲覧にはご注意ください。
続きからです。
表題作「満願」を含む六作の短編集。一話一話ほの暗く、『インシテミル』や『儚い羊たちの祝宴』に近いかな?という印象でした。中年世代からの視点が主、という点ではちょっと珍しいなと思いましたが、私が古典部シリーズや小市民シリーズが好きなだけかもしれない。
「夜警」
部下をパワハラじみた「指導」で自殺に追いやった過去のある警察官が交番勤務になって、そこで部下になった後輩二人と勤務するが、通報で駆け付けた先で部下の一人が犯人と相打ちになってしまい…というお話。
部下はなぜ死んでしまったのか、なぜ、死ぬ前に『こんなはずじゃなかった』なんて言ったのか、という謎が明らかにされるお話。
職業の向き不向きって絶対にあって、「誰にでもできる仕事じゃない」というのはよく聞く言葉だけど、それを誰かに勝手に決められたくはないよなあ、と思いつつ、でもこんなおまわりさんがいたら嫌だな…とも思います。二人が警官に向いてない人だったとしたなら、警官に向いてる人って一体どんな人なんだろう。
「死人宿」
かつて付き合っていた女性がパワハラで苦しんでいたときに力になれなかったことをずっと悔やんでいた男が、女性の親族が経営している宿に行って復縁を望む。女性は恨み言を言うわけでもなく、この宿は『死人宿』なのだと男に告げる。そしてその夜、人を助けるのを手伝ってほしいと言う。遺書の主を見つけて、自殺を阻止するというのだが…というお話。
遺書の主の自殺は食い止められるが、他の宿泊客は自殺してしまう。それを彼女は「どうにもできなかったのよ」と言うのだ、というお話。
二年前に失踪するようにいなくなった彼女は相当追い詰められていたに違いなく、死人宿を運営していることにも何か含むものがあるのでは、と思わせますが言及はされません。でも「どうにもできなかったのよ」という言葉には、自分が追い詰められていたときに「どうにもできなかった」のは当然だ、という彼への肯定と、これまでも、これからも、あなたには「どうにもできない」という彼への強烈な否定、という気がしました。
「柘榴」
美しく生まれたさおりは、大学のゼミで出会った女性にだけ通用する魅力を持つ成海と結婚し、夕子と月子という娘を授かる。しかし結婚してみて初めて、成海という男の生活力の無さに気づく。就職しないし、金を持ってくることはあるが、それは他の女に貢がせた金だ。そんなことから、さおりは離婚を決意し、それには成海も同意したが、二人の娘の親権を要求してきて…というお話。
父を男として見る夕子が、父といるためにとった行動とは…というお話。
え、お父さんクズすぎ…という感想しか出てこないお話。夕子は成海をトロフィーと表現していることからも非常にお母さんに似ているという描写がありますが、月子はどうなんだろう。月子はお父さんにも似ているので、お父さんのクズさを受け継いで家族をさらなる混沌に引きずり堕としたりしないだろうか…
あと夕子は自分をペルセポネに例えますが、ペルセポネの夫のハデスは(ほとんど)浮気をしないけど、このお父さんは確実にアポロン側の人間で浮気を繰り返すだろうし、さおりが長いこと成海を留めておけたのは美しさに加えてお金があったからだろうけど、夕子は美しさあってもお金はない…という意味でもヤバさを感じるお話。
「万灯」
バングラディシュで天然ガスの資源開発を担当する企業戦士の男が、頭の固い長老のひとりを殺してほしい、そうすれば企業への協力を厭わない、と持ち掛けられて、フランスの企業に勤める森下という男と共に実行する。
暗殺には成功するが、森下はこれをきっかけに企業戦士としての心が折れ、これを告発しようとしたために、わざわざ日本に出向いて森下も殺したのだが…というお話。
検疫で検体採取された、とありますがコレラの検体は糞便なので検便したのかな?空港で?いきなり出せる?しかも発症前だとすれば検査で陽性が出ない可能性もあるから感染したことから森下さんとの接点がわかる、ということにはおそらくならない…とは思いました。安心して病院に連絡してほしい。
『王とサーカス』『さよなら妖精』といい、日本じゃない国の情勢を元にしたお話に説得力を感じさせるのが相変わらずうまいなー、と感じたお話。
「関守」
怪談をネタにしたコラムを依頼されたフリーライターの男が、先輩から提供してもらった『死を呼ぶ峠』というネタの取材に行った先のドライブインで、出会ったおばあさんから情報収集を試みるが…というお話。
死を呼ぶ峠で亡くなったのは五人。その全ての人を、おばあさんは知っていて、会っていて、飲み物を出していて、というお話。
娘を守るために、という覚悟の元で罪を重ねていくおばあさんがとてもこわい…娘さんはどこまで知っているんだろう。おばあさんだってもう長くは続けられないだろうに、罪を重ねるほど露見しやすいだろうに…もう峠自体に、注目が集まりつつあるのに。
「満願」
かつて下宿をしていた家の奥さんが金貸しを殺して捕まって、弁護士になりたての頃にその弁護をしたのだが、懲役八年で本人の希望で控訴を取り下げた。懲役が開けて再会する時期になったが、なぜ彼女は殺人を犯したのか、その答えに察しはついている。
奥さんは畳屋のご主人と結婚していたが子宝はなく、畳屋自体も自転車操業で主人は金を借りた。その金貸しは金利の代わりと称して金を貸した人が大切にしているものを没収することで知られていて、奥さんの家からもある掛け軸を持ち出そうとしていたのだ。
貸主を殺したからと言って借金が帳消しになるわけではない。血がついて証拠品として押収された掛け軸。ご主人が死んで奥さんに入る保険金。そこから導き出される答えとは…というお話。
米澤さんのお話は、推し量りがたい自分の信念のために人殺しをする人は大抵女性ですね。『犬はどこだ』とか、『インシテミル』とか。「関守」もそうかな。「男性から見た女性像」に謎を閉じ込めていることが多いような。小市民シリーズの小山内さんのイメージが強いのかな…
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