2017年9月28日木曜日

『夜行』感想

 森見登美彦作『夜行』感想です。

 ネタバレを含みます。ご注意ください。

 続きからです。







 森見登美彦さんの「集大成」と言われている今作。私は森見さんのことは『有頂天家族』で大好きになりました。

 そこから入ると『夜行』は随分印象の違う作品だな~、と感じます。

 『有頂天家族』は賑やかで楽しい家族愛溢れるエンターテイメント小説ですが、こちらはホラー…というより幻想文学っぽい感じだな、と思いました。

以下あらすじ

 学生時代の英会話スクールの仲間たちに声をかけて、十年ぶりに集まることにした大橋、中井、武田、藤村、田辺の五人。十年前には仲間だった長谷川さんという女性の姿はない。彼女は十年前に六人で火祭りの見物に行ったときに姿を消してそれっきり今でも行方知れずなのだ。
 けれども今日また、みんなで鞍馬の火祭を見物に行くという緊張が幻想を見せたのか、大橋は五人で集まる前に立ち寄った四条で一軒の画廊に入っていく彼女を目撃する。彼女を追いかけて画廊に入ってもその姿はどこにもなかったが、代わりに岸田道夫という画家の描いた「夜行―鞍馬」という作品に出合った。店主によるとこの『夜行』という作品は連作で、全部で四十八作品あるという。
 五人が集まった後にふとこの話をすると、他の四人も旅行先で『夜行』の作品に出合ったと言い、その話を始めるのだった、というストーリー。
 
 最初の四話では仲間たちが一人一話ずつ旅先で起きた出来事、その際に出会った『夜行』の一枚の話をします。
 最初の中井さんが旅先の出来事を語りだしたあたりでは「はいはい、ばらばらの出来事がだんだんつながってくるパターンね。最後は長谷川さんの居場所がわかる仕掛けなんだろうな」とか思ってましたけど、中井さんの話で最後ホテルマンを殴り倒してる当たりで「えっ殺人…?」とかなりびっくりしました。
 しかもその話に対する仲間の反応とか何もなしに次の話にいくんですね。その後も武田君、藤村さん、田辺さんの旅の話が続き、そのどれもが不穏な終わり方をします。
 もし本当に旅の結末が彼らが語った通りなら、この貴船の宿に集まった四人はもう、ここにいるはずないんじゃないか?と思うような結末です。
 ここがこの作品の一番不思議なところ。
「もしかしたら彼らは幻想文学同好会で、実際の旅から着想を得た物語を語っていて、だから長谷川さんというのも「いたはずの女性」という架空のキャラクターなのか?」と思ったけどそんな説明もなく、最後は語り手が大橋君の鞍馬の話になります。

 火祭りに行った一行だったが、その帰り道で大橋は自分以外のみんなを見失う。電話をかけてみると驚いたことに、十年間行方不明なのは大橋だったという。そんなはずはない、と思いつつ自分の存在を確認しようとホテルに電話しても大橋という名前での予約はなく、昼間に入った画廊に向かうとそこに展示されていたのは『夜行』ではなく『曙光』という連作だった。
 かつて大橋がいた世界では「夜行」に見えた作品がこの世界では「曙光」に見える。今自分がいるのは「曙光」の世界なのだ、と思いいたった大橋は作者である岸田道生に会いに行くことにする。画廊の主人のつてで連絡を取ってもらうと、電話口から聞こえた岸田氏の妻の声の持ち主は、大橋の世界では十年間行方不明だった長谷川さん本人だった。
 しかし岸田氏に二つの作品のことを聞いても二つの世界のことはわからなかった。けれど、彼は「曙光」を描くきっかけになった旅行の話をしてくれる。長谷川さんと出会った話、その後彼女と再会した時に感じた「ただ一度だけの夜明け」の感覚。それこそが『曙光』の原点。
 話を聞き終わった大橋はいつの間にか元の世界に戻っていることに気づく。夜明け前の世界でもう二度と長谷川さんに会うことはないだろうと感じながら、山向こうから刺してくる曙光を迎えた、というストーリー。

 終わらない夜を表す「夜行」とただ一つの夜明けを表す「曙光」。「世界はずっと夜なのよ」という長谷川さんの言葉にあるように、終わらない夜が「夜行」の世界の話で、だから最初の四話はバッドエンドのような終わり方だったのかな。
 でも本当は明けない夜なんてないように、みんなそれぞれに「曙光」を持っていたから一緒に鞍馬に来られたけど、大橋さんだけは「曙光」が「目から隠されて」いたから、大橋さん視点から見える世界はいつも「夜行」だったのかもしれない。
 最後の鞍馬で大橋さんが幸せな十年を過ごした長谷川さんを見つけたことで、大橋さん自身にも自分の十年を認める「曙光」を発見できました、というお話だったのかな、と思いました。

 ちょっと『ボトルネック』みたいな、「Ib」みたいな雰囲気を感じる、不思議な後味の作品。

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