ジュール・ベルヌ作、清水正和訳『海底二万海里』感想です。
ネタバレを多数含みます。ご注意ください。
続きからです
あらすじ
「巨大な何かが海にいる」という噂がヨーロッパからアメリカまで広く知れ渡っていた。博物学者で教授でもあるアロナクスは巨大なイッカクであると主張し、召使い(執事?)のコンセーユと共に真相を追う調査船に乗り込む。しかし巨大な影を見つけたものの、銛が得意なカナダ人の漁師ネッドと三人で海に投げ出されてしまう。
もう助からないかと思われたが、噂されていたその巨大な何かとは実は人工の潜水船であり、その乗組員によって九死に一生を得る。その船こそノーチラス号であり、その船長こそネモ船長であった。
ネモ船長は三人の命は助けたが、陸に送り届けることは拒否し、さらには秘密を守るために一生をこの船で過ごすことを要求する。
ノーチラス号の中では異邦人の3人はノーチラス号に乗って今まで見たこともない海底の冒険を数々行っていく。博物学者や分類学者としては退屈しないこの船に、アロナクスとコンセーユは興味津々だが、漁師であるネッドは不満たらたらの様子だった。
半年ほどの冒険の後、ノーチラス号は明らかに船を狙ってくる軍船に対峙し、その船を迎撃、撃沈する。こぼれ落ちるように失われていく船員の命を見て、こんな船に乗り続けることはできないと決意したアロナクスはコンセーユとネッドと共にノーチラス号を脱出するが、ちょうどメイシュトロームと重なって、脱出してすぐに意識を失ってしまう。
意識を回復した時はもう脱出も終わってなんとかたどり着いた民家の中で、そこでアロナクスは体に括り付けておいて無事だったノートを元にこの記録をまとめ上げたのだった。という物語。
ノーチラス号は巨大な潜水艦で、全長70メートル、最大直径は8メートル。つまり50メートル走のグラウンドからはみ出る大きさの巨大な船です。ディズニーシーに(入れないけれど)実寸大の船が係留されているそうで、いつか見てみたいなあ。その仕組みについてもネモ船長は解説していて、とてもリアリティにこだわっていますが、空気中の有害物質はどう濾過するのかや、密閉空間でおそらく大量発生する微生物や虫への対処、乗組員に医師がいないし、なんでも食べるので寄生虫とか食中毒も心配だな…と思います。でも、海の神秘で大抵のことはなんとかなっています(ちょっと強引)。また、当時の主要エネルギーは石炭だったはずだけれどノーチラス号は電気を使っています。このあたりもジュール・ベルヌの先見の明だったのか。今となっては電気を使うのは当然のことに思ってしまうけれど、まだ白熱電球も実用化されていない当時としては魔法のように革新的だったんだろうなー。
ノーチラス号の仕組み自体も大変面白かったですが、この小説で何より面白かったのは海底での冒険でした。浅識のため出てくる生きものの一割もわからないけれど、アロナクス教授が目茶苦茶冒険を楽しんでいるのが伝わってきます。あと、大抵の生きものの味まで記されているので、食欲も刺激されます。でも、多分そんなにおいしくはないはず…カメの肉とかジュゴンとか…。アロナクス教授の舌が特殊だったか、ノーチラス号のシェフの腕が良かったのでしょう。おそらく後者かな。
気になったところは、ネモ船長の扱いでした。ネモ船長はきっと、自分の時代から進みすぎた研究を真の意味で理解してくれる友人が欲しかったんだろうなあ、と思います。『神秘の島』でネモ船長の生い立ちが明かされていますが、そういう立場の人だったからこそ乗組員たちは「同志」であっても「友人」にはなりえなかっただろうし、同じレベルの教育を受けていないから、ネモ船長の科学を実践できても理解できないところもあったんじゃないかなー。だからこそ教授の一行を生かしておいたし、教授だけに個室を与えたり自ら案内もしているんだろうな、と思うと、終盤ネモ船長の事情がほとんど明らかにされないままケンカ別れのようにノーチラス号を後にしてしまった教授には「もうちょっと踏みとどまって!」と伝えたい…現代のキャラクター重視の物語に慣れきってしまった身としては歯がゆい…
教授はネッドのことを地の文の中ではずっと「カナダ人」と呼んでいたりするあたり、当時の帝国主義を信じているフランス人で、国という概念を(特に帝国主義国家を)憎んでいるネモ船長とはその主義主張の方面からはなかなか通じ合えなかっただろうな、と思います。だからこそ二人の議論と和解の道を見てみたかったな、と思いつつ、ネロ船長の生い立ちを元はポーランド人の貴族を最初に設定したものの編集からの指示で変更したという背景を考えると、政治的配慮から当時はそうするのが難しかったのかもしれないな、とも思います。フランスは自由の国といえども、政治的な表現の自由は今ほど保証されていなかったのかもしれない。などといろんなことを考えた一冊。
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