米澤穂信さんの「いまさら翼といわれても」感想その③です。
ストーリーに、トリックにかかわる重大なネタバレを含みますので、ご注意ください。
続きからです。
2017年1月30日月曜日
2017年1月22日日曜日
2017年1月15日日曜日
『いまさら翼といわれても』感想①
米澤穂信さんの「古典部」シリーズ最新刊感想前半です。
ストーリーにかかわる、ミステリーのトリックにかかわるネタバレが含まれますので、苦手な方はご注意ください。
続きからです。
ストーリーにかかわる、ミステリーのトリックにかかわるネタバレが含まれますので、苦手な方はご注意ください。
続きからです。
2017年1月10日火曜日
2016年12月4日日曜日
スイートポテト
収穫した芋を使ってスイートポテトを作った覚え書きです。
使ったのは今年一番大きくなったサツマイモ。なんとひとつで一キロの大物です。
掘るのも剥くのも大変だった。
まずは皮を剥いて、ゆでるのに手頃な大きさにカット。
そして水にさらしてアクをとります。
イモはでんぷんの塊なので、皮を剥いている途中でべとべとになり包丁の滑りが悪くなりますが、おいしいスイートポテトのためです。頑張りましょう。
イモをさらしている間に他の材料の準備です。
用意するのは、砂糖と牛乳と卵黄とバター。
甘みの強い金時芋なので、砂糖はすこし控えめに60グラムほど。あま~い方が好みであれば、多めでもオッケーです。
卵黄は、イモがでかいので、ちょっと多めに3~4個分くらい。白身は後々メレンゲにでもして、使ってしまいましょう。
牛乳は、イモの様子を見て量を加減します。
加工しやすいくらいの固さにしたいので、目安としては50ccくらいかな。
バターは40グラムが最低ラインかなー、という印象でした。少なめだとぱさぱさしてしまいます。
さらしたイモを水と一緒に火にかけて、湯だったところを、竹串で刺して確認します。うちには竹串がないので、爪楊枝で確認しました。爪楊枝でも問題はないですが、やけどに注意です。
イモに火が通ったことを確認したら、水を捨ててポテトマッシャーで潰していきます。
今回は金時芋を使ったので、繊維が少なくてポテトマッシャーで十分柔らかくなりましたが、舌触りとか口当たりとかを重視するなら、裏ごしするのもよいでしょう。どんどん乾くので、牛乳で水分を加えながらでもいいかもしれません。
そのときは、牛乳を加えすぎてでろでろにならないように注意です。
すりつぶしたところで、先ほど用意した材料を加えていきます。特にバターは、熱いほうが溶けやすいので、早めに入れましょう。砂糖、牛乳、卵黄を加えたらざっくり混ぜて、成形に入ります。
型は好みのものでオッケー。卵黄が入っているので、しっかり火を通したい場合は小さめの容器の方が中まで火が通りやすくなると思います。
今回はとにかく量がすごかったので(イモだけで一キロあったし)グラタン皿で一気に焼くことに。
どーんと盛り付けたら、その上から卵黄を塗ると仕上がりが綺麗です。
フォークで模様を描くのもいいですが、その分表面の面積が増えてオーブンにさらされるので、食べたとき表面がちょっとぱさぱさします。
温めておいたオーブンに入れて、焼き色がついたら出来上がりです。大体10分くらいかな。
お好みの大きさに切り分けてどうぞ!
いやー、今年のイモはすごく大きいイモで、虫食いもあったのでどうかなあ…と思ってしっかり火の通せるスイートポテトにしました。剝いてみたら虫食いは表面だけで中は全然大丈夫で、繊維もほとんどない立派なおイモで、とてもおいしく食べることができました!また作ろう!まだイモはたくさんあるんだ!
使ったのは今年一番大きくなったサツマイモ。なんとひとつで一キロの大物です。
掘るのも剥くのも大変だった。
まずは皮を剥いて、ゆでるのに手頃な大きさにカット。
そして水にさらしてアクをとります。
イモはでんぷんの塊なので、皮を剥いている途中でべとべとになり包丁の滑りが悪くなりますが、おいしいスイートポテトのためです。頑張りましょう。
イモをさらしている間に他の材料の準備です。
用意するのは、砂糖と牛乳と卵黄とバター。
甘みの強い金時芋なので、砂糖はすこし控えめに60グラムほど。あま~い方が好みであれば、多めでもオッケーです。
卵黄は、イモがでかいので、ちょっと多めに3~4個分くらい。白身は後々メレンゲにでもして、使ってしまいましょう。
牛乳は、イモの様子を見て量を加減します。
加工しやすいくらいの固さにしたいので、目安としては50ccくらいかな。
バターは40グラムが最低ラインかなー、という印象でした。少なめだとぱさぱさしてしまいます。
さらしたイモを水と一緒に火にかけて、湯だったところを、竹串で刺して確認します。うちには竹串がないので、爪楊枝で確認しました。爪楊枝でも問題はないですが、やけどに注意です。
イモに火が通ったことを確認したら、水を捨ててポテトマッシャーで潰していきます。
今回は金時芋を使ったので、繊維が少なくてポテトマッシャーで十分柔らかくなりましたが、舌触りとか口当たりとかを重視するなら、裏ごしするのもよいでしょう。どんどん乾くので、牛乳で水分を加えながらでもいいかもしれません。
そのときは、牛乳を加えすぎてでろでろにならないように注意です。
すりつぶしたところで、先ほど用意した材料を加えていきます。特にバターは、熱いほうが溶けやすいので、早めに入れましょう。砂糖、牛乳、卵黄を加えたらざっくり混ぜて、成形に入ります。
型は好みのものでオッケー。卵黄が入っているので、しっかり火を通したい場合は小さめの容器の方が中まで火が通りやすくなると思います。
今回はとにかく量がすごかったので(イモだけで一キロあったし)グラタン皿で一気に焼くことに。
どーんと盛り付けたら、その上から卵黄を塗ると仕上がりが綺麗です。
フォークで模様を描くのもいいですが、その分表面の面積が増えてオーブンにさらされるので、食べたとき表面がちょっとぱさぱさします。
温めておいたオーブンに入れて、焼き色がついたら出来上がりです。大体10分くらいかな。
お好みの大きさに切り分けてどうぞ!
いやー、今年のイモはすごく大きいイモで、虫食いもあったのでどうかなあ…と思ってしっかり火の通せるスイートポテトにしました。剝いてみたら虫食いは表面だけで中は全然大丈夫で、繊維もほとんどない立派なおイモで、とてもおいしく食べることができました!また作ろう!まだイモはたくさんあるんだ!
2016年11月23日水曜日
いも収穫!
庭に植えていたサツマイモを収穫したよ!という話です。
サツマイモを庭に植えるようになって三年目ですが、今年も収穫の季節になりました。
葉が黄色くなってきたあたりを目安にしていて、毎年10月上旬くらいが収穫かな、と思っていたんですが今年はゆっくりめかなあ。やっぱり今年の夏は例年より暑めだったのかな、とイモを見て思います。
いやー、今年もいろいろあったけれど、ムクムクと大きく育ってくれて私は嬉しいよ!イモ達よ!
五月ごろはナメクジの食害がひどくて、ビールの罠の設置をけっこう真剣に検討したんですが「その罠設置して、ナメクジとれたあと、どうやって処分するんだ…?」と思った結果、罠の設置はあきらめました。
でも、今年は青虫の被害は少なめだったなあ。年によって虫の生態系(と言えるほど大げさではないけど)も結構変わるので、なかなか興味深いです。庭で虫に出会ったときは心の中で大絶叫だけれども。
夏には茎を食べることにトライしたのですが、硬くて食べられたものではなかった。硬い中に柔らかいでんぷんのようなものがあって、それをチュルチュル吸い込むように食べました。調理の手間と補給できるエネルギー量を考えたら、随分効率が悪いよなあ。
この話をほかの人にしたら「戦時中の人だって、他に食べるものがあったら食べなかったんじゃない?」と言われて、なるほど、それはそうだなあ、と思いました。
でもさらにほかの人にしたら「ツルの部分じゃなくて、葉が出ているところの茎はおいしい」と言っていたので、来年は試してみようかな。
あと、夏はバッタがすごかった…バッタ牧場みたいだった…
あとは、植えているのは金時芋なんですが、一本当たり平均二本くらいの収穫でした。
もうちょっと採れるといいんですが、もしかして金時芋って、収穫量が少ない…?
甘く、大きくなるように品種改良された種類(だと思う)なので、もしかしたら甘くなる代わりに収穫量が少ないのかもしれない。
収穫量が少なくなる原因として考えられることまとめ
・品種的な性質
・畑となる土壌が硬い、肥料が少ない(連作障害もあるかもしれない)
・日当たりが不十分
・にょきにょき伸びてくるツルを剪定しすぎた
うーん、どれも心当たりがありますね。来年また少しづつ変えていきたいな。
目指すところはサツマイモの普及に努めた甘藷先生なので、収穫量の少なさは未来への課題になるのです。庭に植えてるだけで収穫まで育つイモではありますが、収穫までの時間は長い。およそGWから体育の日まで。それだけの労力があって、出てくるのは15個くらいのイモなのです。
こう考えると、その辺に売られているイモって、労働の対価としてはずいぶん安いなあ。
追熟も終わった頃なのでそろそろ調理します!
サツマイモを庭に植えるようになって三年目ですが、今年も収穫の季節になりました。
葉が黄色くなってきたあたりを目安にしていて、毎年10月上旬くらいが収穫かな、と思っていたんですが今年はゆっくりめかなあ。やっぱり今年の夏は例年より暑めだったのかな、とイモを見て思います。
いやー、今年もいろいろあったけれど、ムクムクと大きく育ってくれて私は嬉しいよ!イモ達よ!
五月ごろはナメクジの食害がひどくて、ビールの罠の設置をけっこう真剣に検討したんですが「その罠設置して、ナメクジとれたあと、どうやって処分するんだ…?」と思った結果、罠の設置はあきらめました。
でも、今年は青虫の被害は少なめだったなあ。年によって虫の生態系(と言えるほど大げさではないけど)も結構変わるので、なかなか興味深いです。庭で虫に出会ったときは心の中で大絶叫だけれども。
夏には茎を食べることにトライしたのですが、硬くて食べられたものではなかった。硬い中に柔らかいでんぷんのようなものがあって、それをチュルチュル吸い込むように食べました。調理の手間と補給できるエネルギー量を考えたら、随分効率が悪いよなあ。
この話をほかの人にしたら「戦時中の人だって、他に食べるものがあったら食べなかったんじゃない?」と言われて、なるほど、それはそうだなあ、と思いました。
でもさらにほかの人にしたら「ツルの部分じゃなくて、葉が出ているところの茎はおいしい」と言っていたので、来年は試してみようかな。
あと、夏はバッタがすごかった…バッタ牧場みたいだった…
あとは、植えているのは金時芋なんですが、一本当たり平均二本くらいの収穫でした。
もうちょっと採れるといいんですが、もしかして金時芋って、収穫量が少ない…?
甘く、大きくなるように品種改良された種類(だと思う)なので、もしかしたら甘くなる代わりに収穫量が少ないのかもしれない。
収穫量が少なくなる原因として考えられることまとめ
・品種的な性質
・畑となる土壌が硬い、肥料が少ない(連作障害もあるかもしれない)
・日当たりが不十分
・にょきにょき伸びてくるツルを剪定しすぎた
うーん、どれも心当たりがありますね。来年また少しづつ変えていきたいな。
目指すところはサツマイモの普及に努めた甘藷先生なので、収穫量の少なさは未来への課題になるのです。庭に植えてるだけで収穫まで育つイモではありますが、収穫までの時間は長い。およそGWから体育の日まで。それだけの労力があって、出てくるのは15個くらいのイモなのです。
こう考えると、その辺に売られているイモって、労働の対価としてはずいぶん安いなあ。
追熟も終わった頃なのでそろそろ調理します!
2016年3月20日日曜日
「少年の名はジルベール」
少女マンガ界の巨匠、武宮恵子さんが、漫画を描く傍ら、どんな時間を過ごしてきたかについて語られている本。
私が武宮恵子さんを知ったのは、姉が好きだった『私を月まで連れてって!』がきっかけです。
こどものころから、宇宙飛行士といえばダン・マイルドのイメージが強すぎて、人類が火星に立ったことないなんて、思いもしなかったよ。『宇宙兄弟』でわかった。
私にとって武宮作品というのは「リアリティがすごくある!すごい共感する!」というわけではないけれど、
ときどきこころに掠るものがあって、それがこころをざわつかせます。
今思えば『ファラオの墓』で、ナイルを失ってちょっとおかしくなったスネフェルが、捕らえたサリオキスにキスするところとか、私の腐を呼び覚まされた気がします。なんてこった。
でも武宮さんが『ファラオの墓』を書いていたころは、BLなんて全然なくて、少女マンガ界のタブーと言われるくらいのものだったとは、この本を読むまで知らなかったなあ。
今や一大ビジネスとなったBLマンガと小説の、先駆けとなった『木と風の詩』が連載されるまでの、ご自身の回顧録のような内容が主体です。
マンガって、何気なくぐわーって読んで、笑ったり怒ったり、共感して、「ああ、面白かった」で終わってましたけど、描かれている方からは本当に、人生を掛けた表現をぶつけているものなんだなあ。
この本を読んで、マンガを見る目がちょっと変わりました。
あと、本の最後の方で、悩んだり落ち込んでいたとき、「大丈夫?元気だして」と声をかけられたとき。気にしてくれるのはとてもうれしい。でも、なにかもやもやしたものが残っている。むしろその方が大きい、と思うことが書かれていて、これはもう、すごいわかります。というか、そうなんだよ!って感じでした。
そのもやもやを表現しないことには、ここから一歩も動けない。心が前を向かない。
武宮さんはそれが、創作の原動力なのだそうです。
坂上忍さんも、少し前にanothier skyで台湾行っていたときに「表現するというのは、自分を剥いていく作業」という表現をされていましたが、第一線で活動されてきた方は、みんな近い感覚を持っているのかな。
表現というのは、私の心はこれなんですと示すことで、それはとても勇気のいることだけれど。なかなかそのさらけだした心を他人に伝えるというのも難しいんだよね。ということをつらつらと考えられた本でした。
私が武宮恵子さんを知ったのは、姉が好きだった『私を月まで連れてって!』がきっかけです。
こどものころから、宇宙飛行士といえばダン・マイルドのイメージが強すぎて、人類が火星に立ったことないなんて、思いもしなかったよ。『宇宙兄弟』でわかった。
私にとって武宮作品というのは「リアリティがすごくある!すごい共感する!」というわけではないけれど、
ときどきこころに掠るものがあって、それがこころをざわつかせます。
今思えば『ファラオの墓』で、ナイルを失ってちょっとおかしくなったスネフェルが、捕らえたサリオキスにキスするところとか、私の腐を呼び覚まされた気がします。なんてこった。
でも武宮さんが『ファラオの墓』を書いていたころは、BLなんて全然なくて、少女マンガ界のタブーと言われるくらいのものだったとは、この本を読むまで知らなかったなあ。
今や一大ビジネスとなったBLマンガと小説の、先駆けとなった『木と風の詩』が連載されるまでの、ご自身の回顧録のような内容が主体です。
マンガって、何気なくぐわーって読んで、笑ったり怒ったり、共感して、「ああ、面白かった」で終わってましたけど、描かれている方からは本当に、人生を掛けた表現をぶつけているものなんだなあ。
この本を読んで、マンガを見る目がちょっと変わりました。
あと、本の最後の方で、悩んだり落ち込んでいたとき、「大丈夫?元気だして」と声をかけられたとき。気にしてくれるのはとてもうれしい。でも、なにかもやもやしたものが残っている。むしろその方が大きい、と思うことが書かれていて、これはもう、すごいわかります。というか、そうなんだよ!って感じでした。
そのもやもやを表現しないことには、ここから一歩も動けない。心が前を向かない。
武宮さんはそれが、創作の原動力なのだそうです。
坂上忍さんも、少し前にanothier skyで台湾行っていたときに「表現するというのは、自分を剥いていく作業」という表現をされていましたが、第一線で活動されてきた方は、みんな近い感覚を持っているのかな。
表現というのは、私の心はこれなんですと示すことで、それはとても勇気のいることだけれど。なかなかそのさらけだした心を他人に伝えるというのも難しいんだよね。ということをつらつらと考えられた本でした。
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